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なんか色々あったけど

 あっという間だったなかなぁ
 というわけで、今更ですが先週末から今週頭まで地元崩壊道へボクだけ行ってきました。
 前日の天気予報で散々「雪」だの「吹雪く」だの言われて、更には実家に電話をかけたら「雪積もっているよ、3cmくらい」なんて言われたので、それ相応の準備をして千歳についてみたなら、雪の「ゆ」の字も見当たらない、快晴このうえなしな天気。移動中、木の枝にわずかに残っていた白いものを見つけて、「あ、本当に降ったんだ」みたいなぁ
 それもこれも、同じ飛行機に大量に乗り込んでいた、赤シャツの人たちのなせる業なのかもしれません。なんていうか、どの人からも、大なり小なり殺気立ったオーラを感じたんで、この飛行機の前後の便にも同じような人たちが大挙していたであろう事を考えれば、雪のように儚いものなどひとたまりもなかったのでしょうw
 ボクもこんな理由でなければ、彼ら彼女らに帯同して札幌ドームで共に雄叫びの一つや二つ上げてきたかったというのが正直なところ(ぐぅ

 仮通夜でお経をあげてくれた坊さんの説法が面白いと、母も妹も口を揃えて言うので期待していたら。本通夜(て言うの?)は件の坊さんの上司にあたる方がメーンでお経を読み、説法までされたので、ものすごい肩透かしを食らった感じ。しかも、この偉い坊さんの話がつまらない事つまらない事、肩透かしのついでにキチンシンクを受けて、ダメージ増大です。
 およそ一年ぶりの祖母との対面は、やはりボクの記憶にある祖母の顔とは違うもので、それは遺影の顔もそうなので、ボクの記憶がそれほどまでに劣化風化していたのかと悲しくなる。ところが、遺影となった元写真より前に撮影されたものを見ると、ボクの記憶にある顔と一致。つまり、長かった病により顔も変ってしまっていったということらしい。看病していた父や叔母も「顔は変った」と言っていたし……なかなか消化し辛いものですねぇ、こういうのって。
 通夜の晩は線香・蝋燭番として起きていろといわれるも、仮通夜の坊さん曰く「消えても良いんですよ」ってことだったので、無理をしない程度で頑張ってみる。頑張ってみたら、いつもの土曜日と同じくスパサカを見たら眠くなったので、とりあえずそこで蝋燭を新しいものと取り替えて、おやすみなさい。
 夜中というか超早朝の四時頃に不意に目が覚めてしまい、蝋燭を見てみると辛うじてまだ点いているというレベルだったので、これ幸いと交換して二度寝。忘れもしない六時ジャストに奴らはやってきた。
 「お布団の回収に参りました」
 布団屋がやってきて、当たるを幸いにばったばったと布団を回収していくしていく。朝飯が七時という話だったので、ギリギリまで寝るプランだったのに……奴らは情け容赦なく(うぅ
 告別式も例のつまらないけど偉い坊さんがメーンを勤め、また説法もなく恙無く終了。
 祖母が亡くなってこれまでの間に友引を挟んでしまった為、この日の火葬場はとても混雑するでしょうという予想があったらしく。式もそこそこ(おぃ)にして、崩壊道名物マイクロバスの霊柩車に乗り込み一路、火葬場へ。混雑する理由はもう一つあって、本来札幌市内には二箇所の火葬場があったのだけど、現在一つは改装中とかで、稼動しているのが一つしかないてな、そんな理由が無きにしも非ず。そんなこんなで、炉が29機ある火葬場でありながら、午前中だけで70件を越える依頼があるとかで、ボク等が到着したときにはすでにバスが長蛇の列をなしておりました。
 結局、駐車場の手前で30分程待たされて入場。
 祖母との最後のお別れをして、控え室で昼食。
 祖母の骨は想像通り少なく、もしかしたら埋め込まれていたボルトの類の方が重かったんじゃないかと思えるくらい。小耳に挟んだところでは、亡くなったときの体重が 23kgだったとか……食べられないんだもんなぁ
 実家に帰って、両親と妹夫婦と一緒に日本シリーズの最終戦を観戦しつつ、晩飯。
 埼玉西武の優勝を確認して翌朝帰京し、駅前の西友で優勝セールを……してない、なぜ?

 てなわけで、本日イトーヨーカドーで“感動をありがとう”セールに行ってまいりました。

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